世界が変わるとき。

Just when the caterpillar thought the world was over, it became a butterfly.
(「あぁ、世界が終わる」そう思った瞬間に、イモムシは蝶になる)
この言葉が好きだ。
最近ユニクロのTシャツにもあったな。
松本復興相の恫喝→辞任にいたる一連の報道を見てた。
TBCという聞いたこともない放送局の姿が、ただ
美しかった。
そのとき、この言葉を思い出した。
あのとき松本復興相は
「今の最後の言葉はオフレコです。いいですか?
皆さん。絶対書いたらその社は終わりだから」
と報道陣の前で言った。
その言葉ごと
当日に報道を行ったのは
地元メディア・宮城のTBC東北放送だけだった。
大手新聞やテレビ報道局は
松本復興相の言うとおり報道を自粛した。
しかし翌日、彼らは一転、TBCに追随し、
しかも自分たちが圧力に屈した部分だけを避けて
「知恵を出さないやつは助けない」という部分だけで松本復興相の首を締め上げた。
なぜ、「オフレコ」だとか「その社は終わり」とか松本復興相は言えたのだろう。
そしてなぜ、
大手メディアのジャーナリストたちは彼のいうの通り動いたのだろう。
おそらく、彼らはまだ、
世界には「密室」が存在してると、思ってる。
でも、幸か不幸か、
いま僕らが生きているのは高度ウェブ社会であって、
その社会活動の中に
「密室」
なんて、もはや、存在しない。
もちろん僕らの社会生活でさえも。
あのsonyのセキュリティーだって破られてしまった。
個人の情報から、国家規模の機密まで、
社会活動におけるありとあらゆる情報を、
完璧に秘匿できるような密室は僕らの時代にはもうない。
あるのはリスクの大小だけ。
求められているのは
それぞれの個人がどれくらいのリスクを受け入れるかという判断に過ぎない。
(僕はそれでも再開したソニーのネットワークに接続し、
トルネの便利な機能の恩恵を享受することを選ぶ。
僕はsonyのネットワークサービスを利用するリスクを、抱えられる)
でも、松本復興相も、
当日報道を自粛した大手新聞やテレビ報道局も、
結局
まだ「密室」が存在した古き良き時代感覚のまま仕事をしているのだ。
ほんとはそんなもの、もうないのに。
そこに服があると信じ込んで、すっ裸で往来を渡ってるのと一緒だ。
子供が指をさす。
「なんで王様は裸なの?」
結局、あの物語の王様は、最後にはどうなったのだったっけ?
そんななか、TBC一社だけが、
即日、
問題の場面を報道した。
TBCが報道しなかったら、この一件は
ここまでスピーディーに、ドラスティックに
現実世界に影響を与えなかったのは間違いない。
僕は、あの日のTBCの社内の一日を知りたい。
そこには必ず物語があったはずだ。
「書いたら、その社は終わりだから」
有力政治家によるその一言はTBCに重くのしかかったと思う。
でも、彼らは事実を、事実として、報道すべきだと思った。
実際に単騎でその(空想上の)密室から飛び出すには、
世界の終わりを覚悟するような、
比類なく、絶望的な
苦しい判断をしいられたに違いない。
なんせ、「終わり」なのだから。
事実、自分たちよりも体の大きなメディアたちが
ビビって立ちすくんでいる状況なのだ。
当然、TBC社内にも反対した人間もいただろう。
でも、
それでも(地元メディアとしても)
この報道をしたいという熱意がそれに打ち勝ったのではないだろうか。
結果として、それは民意に支持され、
現実に
世界を変えることになった。
松本復興相は、数十時間後に辞意を表明した。
あのyoutubeを再生した、僕らのクリックそのものは、
世界を変えた民意の一票に他ならない。
TBCのスタッフは思ったのではないだろうか?
「はたして、密室は、なかった」
「世界は、終わらなかった」
その一件によって、
彼らの報道観はどう変ったのか(変わったと思いたい)を、僕は知りたい。
そこには報道観のパラダイムシフトと呼べるような変化が
あったのではないだろうか。
世界が終わる、そう思った瞬間に、イモムシが蝶に変わるような。
言いすぎかな。
どうだろう?
でも僕はその日のTBCの報道局の動きを聞いてみたい。
彼らの報道が、
事実、世界変えたのだから。