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2011年11月

2011年11月30日 (水)

見つかる教室・イン・ザ・ダーク





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先輩と一緒に主催しているカルチャー・イベント
「見つかる教室」が、
外苑前にある「ダイアローグ・イン・ザ・ダーク(DID)」で
11月28日に開催されました。

その名も「見つかる教室・イン・ザ・ダーク」




そもそもDIDとは……


 
「ダイアログ・イン・ザ・ダークは、まっくらやみのエンターテイメントです。

 参加者は完全に光を遮断した空間の中へ、何人かとグループを組んで入り、暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障害者)のサポートのもと、中を探検し、様々なシーンを体験します。
 その過程で視覚以外の様々な感覚の可能性と心地よさに気づき、そしてコミュニケーションの大切さ、人のあたたかさを思い出します。

 世界 30か国・約110都市で開催され、2010年現在で600万人以上が体験したこのイベントは、1989年にドイツで、哲学博士アンドレアス・ハイネッケの発案によって生まれました。
 1999年以降はボランティアの手によって日本でも毎年開催され、約7万人が体験しています」
 


DIDホームページより。




僕がはじめてDIDを体験したのは三年前。


ちょうど連載小説のなかで
「視覚を失いつつある画家」
の物語を書いた頃。
友人からDIDのことを聞いて、
小説を書く前に暗闇の世界を体験しておこうと思ったのが切っ掛けだった。




結果から言えば、
それは
圧倒的な体験だった。




もちろんDIDの「暗闇」を想像して会場へ向かったのだけれど、
実際、そこで体験するのは想像を遥かに超えた
「決して目が慣れることのない完璧な暗闇」だった。


「こんなことが、起こりえるんだ」


僕は思った。
それはほとんど、
抜き差しならない状況だった。


そこから出てきたときには、
もう、二度と、
体験する前の自分には戻れないような。




DIDは単純にエンターテイメントとして楽しいだけではなく、
その後の生活にまで浸透するような
多くの「気づき」を持って帰れる場所だと思う。




今回の見つかる教室では、
3グループに別れてDIDを体験した後に
そのグループメンバーとそれぞれの体験をシェアする時間を作った。


以前僕がDIDを体験したとき、
その体験があまりに新鮮で、圧倒的だったにも関わらず、
それを誰ともシェアする時間をもてなかったのが残念だったから。
自分がなにを感じたか
をどうしても人に話したかったし、
また同じグループだった人からも聞きたかった。


またやってみたかった「地図作り」も
グループメンバーと一緒に挑戦した。
暗闇のなかで把握している空間は個人個人でまったく違う。
それぞれのグループによってできあがってくる地図は、
ここまでかと思うほど形の違うものだった。


今回ご協力いただいたDID代表の金井さんや
DIDの中心となっていらっしゃる志村さんの
貴重なお話しも伺うことができた充実した夜だった。




今回の「見つかる教室・イン・ザ・ダーク」で知ったのは、
DIDは何度体験しても、会場から持ち帰ってくる感覚は
毎回まったく異なるものだというもの。


それは暗闇を導いてくれるアテンドの方にもよるし、
コンテンツの内容にもよるし、
グループのメンバーにもよるし
自分自身の精神状態にもよる。


そこから持ち帰るのは、新しい発見。




新しい自分。




ぜひ一人でも多くの人にDIDを知ってもらいたいと思う。




つきあいたてのカップルにも

進路に迷っている学生にも

仕事に追われている社会人にも

長年連れ添ったパートナーとも。




ダイアローグ・イン・ザ・ダーク




今回ご参加頂いた皆様、並びにご協力頂いたDID金井さん、志村さん、
見つかる教室幹事一同より心から感謝申し上げます。




2011年11月18日 (金)

ブータン国王歓迎レセプションに、出席。





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いま
ブータン王国のジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王が
国賓として来日されている。

昨日、その歓迎レセプションがホテル・ニューオータニで行われ、
その式典に僕も出席してきた。




その場で、ワンチュク国王とお話しする機会があった。


「ティンプーで行われた陛下の戴冠式にも伺わせていただきました」


と挨拶をすると


「またこの場で再会できて嬉しいです。ありがとうございます」


と、あの人なつっこい笑顔がそこに。


僕がブータンで撮影してきた写真の展示会を開くむねを伝えると
その成功を祈ってくれた。


彼の手は大きくて、その人柄のように温かかった。









僕がはじめてブータンを訪れたのは三年前。

トレッキングを含めたその旅の旅程は2週間にほどだったけれど

その旅のメインは到着翌日にあった

現ワンチュク国王が即位する戴冠式式典への参加だった。




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式典にはブータンの国中から

首都ティンプーへ

国民が新国王誕生の祝いに駆けつけていた。


文字通り、国を挙げてのお祭りだった。


出店が所狭しとならび、
街中に国王の写真が掲げられていた。


人々は新国王の缶バッチを
胸につけて、
国家の安泰と、王家の繁栄の喜びをわかちあっていた。


鮮やかな色の糸で織り上げられたブータンの民族衣装は、
ただでさえ華やかな服装だ。


晴れ着となれば、その豪華さはなおさら。


国立スタジアムの前の大通りの人混みには

まるで万華鏡のなかを歩いているような錯覚を覚えた。


その日。
雲ひとつない、晴天だった。


「ワア!」


と歓声が上がり、周囲の人たちがみな空を見あげた。


僕も彼らの視線の先を追う。


そこには
歓喜そのものがつめこまれたようなカラフルな風船たちが

標高2000mの街の

真っ青な空に、舞いあがっていた。




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式典は早朝から行われていた。


当時28歳のワンチュク国王は、

信じられないことに、

丸一日、長蛇の列を成して新国王との謁見を求める国民に

ひとりひとり握手をしていた。


一国の王が、国民ひとりひとりと。朝から晩まで、丸一日。


「信じられない」


たしかに僕はそう呟いたと思う。




そのとき僕は想像もつかなかった。




その列を成していた人たちが、

ブータン王国の全国から、

何週間も「歩いて」首都まで旅してきたことを。


その夜、僕のガイドは教えてくれた。

全国から集まった国民たちは

起伏の激しい山脈を越え、

夜は零度を下回る過酷な旅路をへて、

新国王に、お祝いの言葉を伝えるためだけに首都ティンプーへやってきた。

その列には僕の祖母のような年齢の老女さえいた。



そこには泣いている人がいた。


感激してひと言も話せない人がいた。


28歳にして一国を背負った青年は

そのひとりひとりに言葉をかけ

時間を惜しまず

笑顔で手を握り、ときには肩を叩いていた。









いま、僕らの国が国賓として迎えている
若く美しい国王は、
そういう国の、そのような青年だった。


ワンチュク国王は今日、
ブータンへ手紙を書いてくれた震災被災地の小学校を訪れるという。









レセプションで国王のスピーチがあった。

壇上の彼と、彼の通訳と、

そして先月王妃となったばかりの彼の美しい妻がいた。


スピーチで国王は、

日本国をあげての歓迎への感謝と、

東日本大震災への心配りと、

これからも変わらない日本への友情を述べた。


「できるのなら、
 この場にいる全員と抱き合って
 私たちの感謝と友情を伝えたいのです」


という彼に、出席者はみな拍手を送った。

そして
彼は口元にかすかな微笑みを浮かべたあと
僕らと同じ黒い瞳をいたずらっぽく輝かせた。


「でも、それがかなわないので、

 かわりにこの場で、

 結婚したばかりの私の妻を、抱きしめさせてください」


と白い歯を見せて笑った。場内は喝采だった。



国王が王妃に寄り添って、彼女の細いからだを抱いた。

まだ21歳の美しい王妃は
国王の逞しい肩に顔を預けてから、恥ずかしげ微笑んだ。









ブータンの写真展に際して、
ブータンを舞台にした書き下ろしの短編を書いていた。


のだけど。


昨日国王とお会いして、新しく書き直そうと思った。
なぜそう思ったのかは自分でもよくわからない。
けれど、昨日までより今日の方が、いい物語を描けそうな気がした。



2011年11月 6日 (日)

iPhoneケース買った。





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一目惚れてしてケースを買った。




そもそもガジェットをケースに入れて使う

という習慣が自分にはなかったのだけれど、

不思議なもので

ケースに入れると

新しいiPhoneを大切に使おうという気分になった。




このケースにはカメラレンズ用の穴がついていなかったので

手先が器用な友人に頼んで

レンズ穴をあけてもらった。




おお。ケースに入れたまま写真が撮れる。

ますます愛着がわいた。






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本体を出し入れするための天井部分は

iPhoneが剥き出しになっているのだけれど、

そこ以外はかなり頑丈に守られている。




ちょっとやそっとのことでは

もう傷つかないという、この安心感。

なるほど、ケースってすごいな。




昨夜の帰り道、

ポケットからiPhoneを取り出して道に落とした。




本体が剥き出しだった角部分ピンポイントで

アスファルトに衝突し、

誤魔化しがきかないレベルの

迫力のある傷がついた。




……えーっと。


……とたんにケースが邪魔に思えてきました。